当バンドのバンマスでキーボードを担当。オリジナル曲のアレンジからバンド全体のリズム・ハーモニーをプロデュースしている。
4歳からクラシックピアノを始め、平尾はるな氏に17才まで師事。中学時代にロックやプログレバンド結成を皮切りに数々のバンドを経験。20代で紅龍&ひまわりシスターズ(現:上々颱風)、音楽集団・ヤン衆連にキーボードで参加。その後、中川晶一朗(津軽三味線)、髙田淳子(和太鼓・アフリカンパーカッション)と「蛇喜猫賀(じゃきびょうが)」を結成。2006年頃から音楽活動を休止していたものの、2014年頃から趣味としての音楽活動を再開。Tetsu Tracks Bandは自ら結成した初のバンドとなる。
高木"せぼ"清一
ベース担当。テツトラサウンドの屋台骨として、どっしり支えるベースには定評あり。特に彼が得意とするスラップは必聴。
中学時代に何度も聴いた爆風スランプの曲の、低音の格好良さに気付き、それがベースという楽器だと知って憧れ、ベーシストの道に進む。爆風スランプ、BOØWY、ブルーハーツ、久保田利伸などの邦楽から入り、E.W&F、KOOL&THE GANGなどの王道Funkから、P-Funkにどっぷりハマる。その後、Mixture、Reggae、Blues、Jazz、Punk等々、少しずつつまみ食いを楽しみつつ、メッキ加工業を営みながら複数のバンドを掛け持ちするなど、精力的に音楽活動中。
マルヤ 香織
メインボーカル担当。オリジナル曲では作詞も手がけており、その世界観には定評がある。現在フルートにもチャレンジ中で、今後乞うご期待♪
初ステージは小3、東京・大井町の夏祭りの櫓の上。祖母のエントリーで出場したカラオケ大会で特別賞受賞。小学校卒業までの2年間所属した鼓笛隊で小太鼓とベルリラを経験。また、同校の合唱団メンバーに選ばれ横浜市コンクールに出場。高校時代までの趣味はピアノ弾き語り。22歳で某レコードレーベルのオーディションに合格するも、八代亜紀さんの下積み時代の苦労話をTVで知って青ざめ、デザイナーなら無名でも食べていけると思い音楽断ちをしてデザイン業界へ。2014年頃クライアント主催の忘年会にて生オケで歌った事で、背中を押してくれる人が現れ音楽再開。
廣郡 拓
SAX & Flute担当。曲調に合わせて楽器を持ち替えながら、テツトラサウンドにアクセントを加える調味料的存在。
小学生の頃、友人の誘いで入団したオーケストラでフルートを担当。これが「No Music,No Life」のスタートとなる。高校時代はジャズ喫茶に入り浸り、そこで出逢ったSaxの音色に魅了され大学時代からSaxを始める。モダンジャズ研究会でのJazz演奏を中心としながら、軽音楽部やロック研究会とも親交を持ち、幅広いジャンルの音楽に触れ、現在の音楽活動の礎を築く。演奏スタイルは主にCannonball Adderley、Maceo Parker、Earth, Wind & FireのAndrew Woolfolkの影響を受けている。現在、歌ものバンドを中心に多方面で活動中。
トモ・ヤギサワ
パーカッション担当。そのライブ感溢れるエモーショナルなプレイは正に「生きた音楽を体で表現」しているとも言える。
'70年代半ば、幼少の多感な時期をアメリカで過ごし、全盛期のFunk・Soul・R&Bに囲まれて育つ。小学生で戻った日本で、高橋幸宏、Jeff Porcaro、Steve Gaddのプレイに触れ、正確なタイムとグルーヴ感の共存にワクワクして菜箸でダンボールを叩き始める。中学時代は吹奏楽部のパーカッションパートで基礎練を積み、高校時代からフリージャズからヘビーメタルまで幅広くドラムを担当。Gt.秋山浩徳氏やKey.Sax.音楽プロデューサーの浦清英氏などは高校時代のバンド仲間。現在、日米でドラマー、パーカッショニストとして様々なBlues Session、ドラムサークル、バンドに参加。作曲した作品多数。
ヌキ
ギター&コーラス担当。漢気を感じさせるストレートなギターサウンドは唯一無二で、バンドサウンドに厚みを加える。
今も拠り所になっているThe Beatlesとの出逢いは、子供向け番組「ひらけ!ポンキッキ」で流れていたのがきっかけ。その後「赤盤」「青盤」を聴き魅了される。中3の時に学園祭でRCサクセションのコピバンを演ることになり、Grecoのレス・ポールを入手。金髪で出演し、あとで職員室に呼ばれ丸坊主にさせられるも、めげずにロックを楽しみ続ける。シンプルなギターロックのTHE ROOSTERSやARBとウマが合い、その路線の曲を作るようになり、約20年「めんたいロック系オリジナル曲バンド」で活動。そのため、テツトラでの他流試合はとても刺激的!と感じている日々。
カズ
ドラム担当。ベースのセボと共にテツトラサウンドのグルーヴをがっつり支える。
12歳でThe Beatlesに出逢い、FENと深夜放送で洋楽に目覚めて以降Sonyのポータブルラジオ「スカイセンサー」がお友達に。その当時、YESの4thアルバムとQUEENの2ndアルバムに衝撃を受け、15歳からベーシストとしてバンド活動を開始。演奏するのは洋楽ロック、聴いていたのはノンジャンル。その後22歳でドラムに転向し「どんな楽器も奥が深い」と、今もなおドラミングを追求中。バンド活動の身上は、一体感のあるパフォーマンスを支えること。「信頼できる楽しい仲間と倒れるまで続けたい。」現在も様々なジャンルのバンドを企画・参加するなど多方面で活動中。